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中村敏行の小説ワールド

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中村敏行の小説ワールド
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基本的には、小説を書いていきたいと思ってるんだけど、長すぎるし、だから詩が中心になってしまうけど、それでも良かったら、眺めて下さい。僕が高校生時代から(昭和45年から)現在まで、体験したこと、空想したことが中心になります。体験では色々な有名人との出会い、会話を詩にしたり、特に僕の母校明治大学出身の方、失礼なことも書くけどゆるしてね。(決して名簿一覧などでさがさないで)もう50代だから「おもえばとおくへきたもんだ」中原中也さんを、尊敬しております。あと、尾崎豊さん。
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「青春の道標」29

2008/08/15 01:09


 新宿騒乱の章


 夜の七時ごろには、林太郎の下宿に帰って来た。夏の七時はまだ夕方といってよかった。
 静内では、午後の五時を過ぎると肌寒くなる。昼間気温が30度以上になって少し汗ばんでも、東京の感覚で薄着で外を出歩くと、冷房のきき過ぎたデパートのように涼しすぎ、寒いくらいだった。半袖に半ズボンだと、クシャミが出るほど涼しくなる。
 しかし東京では、モワーッとした熱気がいつまでも籠っていて、それなりの服装で過ごす。

 「ただいま」
 ドアをノックして良子は部屋に入る。
 林太郎は上半身裸で、半ズボンといった格好。蚊取り線香の匂いが真夏を感じさせる。
 「どこかでかけてたの」
 「土田医院にご挨拶に行って、それから北海道の時の同級生の所に行って来たの」
 そう言って、扇風機の前に座り込む。
 「暑ーい! そして疲れた」
 「二日酔いであちこち出かけるからだよ」
 「背中のジッパー、おろしてくれる?」
 良子は本当に疲れきった表情を浮かべていた。それとこの蒸し暑さに慣れていないから、無理もないかなと林太郎は思う。
 タオルを洗面所で濡らしてきて、それから良子のへたりこんでいる扇風機の所に行く。
 「腕も上がらなくなるほど疲れるなんて、ほんと、姉さん無理しすぎだよ」
 林太郎は良子のワンピースの背中のジッパーを下までさげてあげる。
 「ウー、暑ーい。東京はだから嫌なのよね」
 いやだったら来なければいいのに、と林太郎は思うが、口に出せない。
 今日はブルーのランジェリーと下着で統一。もう姉の全裸を見てしまったから、恥ずかしくもなんともなくなっていた。
 濡れタオルを手渡す。
 良子は受け取ると、スリップとブラの肩ヒモをずらし、上半身だけ裸になる。
 まず顔を拭いて、そして体を拭く。
 「背中を拭いてくれる?」

 姉の体は、とても綺麗だった。ふくよかな乳房(ちぶさ)にピンク色の乳首。まだ誰にも汚されて(けが)いないと思うと、ずっとこのまま結婚しないで欲しいと願ってしまう。
 とても柔らかそうで、林太郎は真近で、初めてじっくり見詰めた。
 触れたくなる衝動を抑えて、タオルをすすぎに立つ。洗面所ですすいで、戻って来ても、まだそのままの格好で扇風機の風に当っている。
 「そうそう、林太郎あしたはどこも出掛けない?」
 「どうして?」
 すすいだタオルをまた良子に手渡す。そして箪笥から良子の着替えを取り出し、良子の膝の上に置いた。今度は冷蔵庫からビール瓶を取り出して、栓を開ける。コップも2つ持ってきて、1つを良子に渡す。受け取ったコップに林太郎はビールを注いだ。
 「あした、孝子さんが遊びに来るの」
 「えっ」
 驚いて、注いだビールの泡が、良子の膝にこぼれ落ちる。せっかくの着替えも台無しになった。
 「ばーか!」
 良子はちゃぶ台の上にコップを置くと、屈んで着替えを取り替えようとする林太郎の首を押さえて、裸の自分の胸に林太郎の顔を押し付け、頭を何度もなでる。
 「おばかさん」
 柔らかくて、懐かしいとてもいい匂いがして、林太郎は素直に甘えた。

 いつの間にか良子に膝枕されて、目を開けると、そこにピンクの小さな乳首があった。
 口もとにあったから、自然に口に含んだ。生まれて初めて、母以外の乳房を含んだ。良子のちぶさは母と同じ感触で、眠っていた幼いころの記憶のようなものが甦る。良子は林太郎の頭を支えて、頬にキスをする。
 「たーちゃん、カワイイ。いつでも甘えさせてあげるからね」
 禁句も自然に出る。
 林太郎はもう片方の乳首も含んだ。しばらくして、林太郎は吸うのをやめて、良子の乳房を両手で掴む。
 「ねえ、これって近親相姦になるの?」
 「セックスまでいけばね。林太郎はしたいの?」
 「全然。ポコチンも立たないし、なんか3年もひとり暮らししていたから、姉ちゃんにすごく甘えたかった。今は素直になれた。僕が初めて姉ちゃんのおっぱいを吸った、男性なんでしょ」
 「そうよ、この間の話は嘘じゃないわ。でも、んーやっぱりたーちゃんは男じゃないわ。母さんの気持ちがよく分かる。君が、私に彼氏できたらヤキモチ妬くように、私もたーちゃんに彼女ができたら荒れるゾ。いびりまくるかも。でも、相手が孝子さんなら許しちゃう」
 「どうして来ることになったの?」
 「君のこと好きだって。そしてそれ以上に私のことも好きなんだって。孝子さんも長女なのに甘えんぼさんね。私もそうだけど・・・」
 林太郎は良子の膝から起き上がった。
 「そういうのって、テレるんだよな」
 「君は昔から、女の子にモテたからね。で、わざと女の子に、つっけんどんにするの」
 林太郎はニガ笑いを浮かべる。
 「あっ、ごめん。着替持ってくる」
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明日はしごとじゃ

2008/08/12 21:49
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植村先輩。

安らかに。




じゃあの
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おら、ばかだから。大瀧詠一さんの音楽でも聴いて。

2008/07/09 18:27
さらばシベリア鉄道



恋するカレン



君は天然色



カナリア諸島にて



おいらの、青春がいっぱいつまっている。

おいらの人生は、夢なんだな。




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「『JOHNEN〜定の愛〜』公開中!」について。杉本彩さんのブログだよ。

2008/07/08 11:46
『JOHNEN〜定の愛〜』公開中!」について。

どっひゃーーーー。

エロエロすぎる。

彩さんは、兄貴なんだから、あまり過激にならないように。

阿部定って、「愛のコリーダ」で、大島渚監督が撮ったけど、もっとエロイんだろうね。

映画観に行く前に、夢精しそう。ポコちんがやばい。
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「祝成人!!」について。新垣結衣ちゃんのブログだよ。

2008/07/08 11:25
祝成人!!」について。

とうとう、大人の仲間入りだね。

デビューのころから光っていたけど・・・もう大人かーーーー。

いつまでも、ういういしさを忘れないで欲しいね。

ヘリで飛び回るドクター役も、かっこいいけど、余り眉間に皺をよせないでね。

かわいい顔が台無しだよ。

でも、それだけ女優、いや大女優になる素質があるからだよね。頑張れ!
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「青春の道標」28

2008/06/14 06:06

 七

 不案内な東京に来て、良子が由美の住む下北沢に着いたのは午後の四時半を過ぎていた。

 (作者注:地獄篇の恵子も、下北沢である。ヒロインがなぜ下北沢なのか。作者がこの小説を書いている当時、元恋人の女子寮に転がりこんでいた、想い入れからである。その女子寮も、取り壊され、マンションになっている。淋しい・・・(-_-;))

 駅前の喫茶店で、遅い昼食をとって、交番でおおまかの地理を教えてもらい、以外と簡単にアパートは見つかった。
 良子は由美ちゃんのアパートに来たはいいけど、本人がずっと不在ならば、どうしていいのか途方にくれていた。
 まずは、不動産屋に、いつごろからこういった状況になったのか説明を受けなければ、分からないことだらけだった。
 裕子にも、お母さんにも、許可をいただいていたので、不動産屋立ち会いのもとで彼女の部屋に入らなければ何も分からない。彼女の私物や箪笥等、彼女に無断で開けたり、勝手に捜していいとの委任状も持参していた。また実家からも電話で、良子の手助けをして欲しい旨、不動産業者と再三電話でのやりとりもしていた。
 本来ならば、裕子と母親が来るべきなのだろうけど、自分と似た環境にある立花家の危機を見逃すことができなかった。彼女たちの父親は、良子の父と同じように東京に出稼ぎに来ていて、建設工事に携わっていた。不慮の事故で、頭蓋骨骨折、脊髄損傷、片足の切断。労災の認定がおりた。
 外壁工事の仕事で、足場になる鉄パイプが倒壊した。その時、三人も亡くなった。明らかな現場管理の不備である。命綱はなんの役にも立たなかった。
 空調機器の搬入や家具類など、現場の工事の遅れから、足場板やパイプの一部を取り外して、クレーンなどを使って、搬入後そのままになっていた。
 一方的にゼネコン側が謝罪し、裁判にはならず、和解になった。けれどもそれは、民事上のことである。責任者は刑事訴追を免れなかった。

 (作者注:作者も建設工事に携わっていた。20年間で、3回死にそうになった。それほど、昔はズサンだった)

 裕子の父はそれ以後、寝たきりとなる。
 良子の父の場合は病死である。七年前の冬、突然の心不全であった。生命保険金三千万掛けていて、一千五百万がおりた。しかしその大半は生活費と教育費に消えていった。
 良子が今頑張れるのも、早く林太郎が一人前の社会人になってもらうためであり、場合によっては北海道に帰って来なくても良いと思っていた。
 先のことは分からない。当てにせず、期待せず。そう思うと気が楽になる。
 静内から2時間かけて札幌に出るのは辛かったけれども、慣れればそうでもない。
 しかし、孝子という存在が現れて、林太郎はどう先のことを考えるのだろうか。もしかしたら、劇的な変化が訪れるかもしれない。

 良子はとりあえず、今日の所は、用意してきた由美ちゃん宛の手紙を、部屋の横にあるポストに入れる。由美ちゃんかもしくは友人の誰かが目にすれば、きっと連絡をくれるに違いないと、信じて待つことにした。
 はっきりと、もうこれ以上手掛かりは何も得られないと、良子は判断した。
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夢予言3

2008/06/11 16:14
これは、ただの独り言だからね。

あんまり、真剣に受け取らないでね。


1、北京オリンピック中止。原因は○○。

2、あのダメ球団、楽天日本一に。

3、今年の夏は冷夏。時々、猛暑に。夏場、台風発生するも本土をはずれてばかり。

4、海上保安庁、特殊部隊ついにベールを脱ぐ。シールズ並の武装部隊出動。臨検。銃撃戦あり。

5、洞爺湖サミット後、原油暴落。

6、煙草値上げ、生産者・アメリカ・フランスの圧力でポシャル。自国民の健康は優先しても、食の安全でない、嗜好品は貿易のバランスから、議員連盟解散。

おら、しーらないっと。

全部当たったら、逆に怖いなー。
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夢予言2

2008/06/11 01:06
6月6日に、おいらは初めてブログに予言なるものを書いた。

本当は、こんな事を書くべきじゃない、と思っていたけど。

なんだか、胸騒ぎがして、本当は近日中に、東京でテロ発生と、書きたかった。

ブログに、やたらと人の不安をつのらせるような、根拠のない文章は書くべきではないと自重したからだ。

小説と詩とエッセイと、タレントさんのブログしか、今まで書いていない。

秋葉原で事件は起きた。

信じるも信じないも、読む人の勝手である。

なんとなく、虫の知らせ?

事件報道があった時、「やっぱりね」と、おいらは驚かなかった。

かつての、サリン事件など、オウムが犯人だと、なにかやらかすと、半年以上前から言い続けてきた。

今年の9月、11月に、旅客機墜落事故、無ければいいけど・・・。もちろん、国内である。
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夢予言

2008/06/06 18:30
単なる夢予言である。エッセーの部門に入るかどうか。

確率は今まで、7割が、当たっている。信じるも信じないも勝手であろう。起きる日時、事柄はばらばらで、見たままの夢の内容を書く。他意はない。あくまで、夢だから・・・。

1、OPEC崩壊。石油輸出機構。2011年、投機家要人、次々と暗殺される。

2、原油産出国の、内部崩壊。2009年始まる。

3、2008年。冬。漁業関係、運輸関係(陸・海)の労働者の暴動が、世界中に広がる。

4、創価のトップの人、2008、2009年にかけて脳梗塞等で倒れ、死去。内部分裂起こる。

5、2009年、アメリカで大震災勃発。

6、2010年。中国・北朝鮮などの内乱勃発。

7、2016年。日本の東京で、大地震発生。死者、10万人超す。

8、2017年。国連崩壊。

9、日本の富士山、2020年噴火。

10、2009年。初の黒人アメリカ大統領登場。その後、2年以内に暗殺される。

11、2017年。日本国憲法改正。自衛隊が日本国軍へ。

12、2016年。バンデミック。

とりあえずの、夢だからね。当たるかどうか本人にも分からん。
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「全然平気な僕だけど・・・」23

2008/06/04 01:02
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当時のおいらだよ。



 もらったバイト代は、おばあちゃんとお袋に返して、いくらか生活費を家に入れた。
 無駄遣いしなければ三ヶ月はもつ。

 しかし無類のパチンコ好きの幸ちゃんと僕は、あっという間に使いきってしまった。
 ディスコにも3回ほど行った。
 なにやってんだか・・・・・・。やっぱり同じ血縁関係。遺伝子のなせるワザか。

 そうこうしているうちに、あっという間に自分の入学式。日本武道館でやる、と聞いて、僕は出席するのをやめた。あんなバカでかい所でやるなんて、行っても疲れるだけだと思ったからだ。ついでに書くと、卒業式も出席しなかった。卒業証書は、御茶ノ水の本学の大教室でもらった。教職課程をとって、教育実習があったから、5年生で卒業。53年卒が54年卒になってしまって、年令も25歳を過ぎていた。カッコ悪くて、本当は学校に行く気もしなかった。

 で、結局、授業科目を選ぶ、ガイダンスには出席した。
 クラスは仏語と独語の第二外国語選択による編成になっていた。僕は仏語選択クラスだった。ちなみに、学部は政経学部です。政治学科だったから、経済より法律科目を多く選んじゃった。




 (9)

 待ちに待ったというか、とうとう来ちゃったか、って感じの津田塾のバイトの初日。
 足は、とりあえず、やはり同じ中学の同級生のスーちゃんから貰った、中古のホンダのカブで、颯爽と出勤。もちろんノーヘルOKの時代である。
 スーちゃんは、鈴木晶君って云って、中一時代からの気のあった友人だ。(冒頭の写真も、スーちゃんが撮ってくれた。後ろの日産チェリーは、彼の愛車)
 のちに、アメリカのUCLAの大学院に行って、ドクターになるほどの秀才。親父さんはプロ・ミュージシャンで、ウッドベース奏者。そのせいか、スーちゃんのクラッシック・ギターの腕前は、天才的であった。

 守衛室に顔を出し、「これから毎日よろしくお願いします」と挨拶すると、「あしたからは声掛けるだけでいいよ」と、眼鏡をかけた、細くてヒョロッとした中年の警備員さんは、ニコニコしながらそう言った。
 (昭和49年の話だから、まだ元気でおられるかなーーーー)
 通常は病院なんかに置かれてある、面会表って云うのか、用件とか入出の時間を書かされるもんなんだけど、今日からは顔パスで出入りできる。
 何か、特権を与えてもらったようで、すごくうきうきしてきた。

 本校舎の正面玄関の左側に事務所がある。
 木立の脇にバイクを停めて、入口が分からないので、正面玄関から中に入っていった。
 生協のドアはまだ閉まったままだ。
 朝七時半。
 「おはようございます」と僕は完璧に緊張して事務所の中に入った。
 女性ばかりがずらっと八人。
 ガヤガヤと、打ち合わせのような雑談のような雰囲気は、僕が中へ一歩入っただけでピタリと止む。
 16個の視線が一斉に僕の体を貫いた。
 しばしの沈黙。時間にして、わずか二秒くらい。
 僕にはその沈黙時間が、すごく長く感じられた。

 「今度、皆さんと一緒に働いてもらう事になった、中村さん。明治大学の学生さんで、住んでいる所は国分寺市の東○○○。本校から自宅まで自転車で7、8分っていうことだから、いろんな意味で安心できるわよね。ご家族五人で住んでらして、身許もちゃんとしてるし、お話してみて性格も良さそうだから採用しました」
 僕は内心、『ふえー、外見で判断したのかよ』と、改めて、店長の丸山さんの採用基準に驚かされた。
 面接の時だって、そんなに詳しい話をしたわけじゃなし、直感みたいなもんで即決したのか、と改めて店長の男性っぽい、行動と決断力に驚かされたのだ。

 後で分かったことだけど。
 東経大や一ツ橋大など、学校生協の店長会議では、女子大ということもあって、色々ともめたそうである。正職員の男性だったら問題ないけど、やっぱり大学生の男の子っていうと、何かあとで問題があったら困る、というのが体勢だった。
 当然だろう。
 だけど、全ての責任は私が持ちます、とキッパリ言い切ってくれたおかげで、採用されたようだ。
 即断・即決。
 なにごとも理路整然と解釈、説明する店長さん。
 女性だけでは出来ない、重たい物の移動とか、僕にしか出来ない特技。店舗は、テレビや家電製品、組立家具まで売っていたから、男性が必要で、まして工業高校の建築科出身がものをいったと、今から想えばそう思う。
 しかし、その男性に負けぬ毅然とした態度と、骨太の意見を展開したっていう丸山店長さんには恐れいった。僕は、よっぽど人畜無害に見えたのかもしれない。
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「全然平気な僕だけど・・・」22

2008/06/01 16:55
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イトおばあちゃん。


 「汚れていい服あるのか?」
 「高校の時の実習服もってきたけど」
 「まだキレイじゃない。ペンキついたら落ちないぞ」
 「ボロいジャンパーとジーパンも持ってきたけど」
 「そっちの方がいいぜ。ペンキだらけになって、もう外に着ていけなくなるから。あと、靴も古いやつある?」
 「持ってきてるよ。履かない高校時代の、ビニール製のニセ革靴」
 「それで充分だよ、じゃいこうぜ」
 さっそくおばあちゃんの所に行って朝食をいただく。
 夜の十一時ごろには寝たんだけど、まだ眠い。
 場所は世田谷のなんとかという所。
 伯父さんの見栄なのか、作業車はかなり昔の古い型のクラウン。ペンキや道具類はトランクの中。屋根に脚立。かくして長い一週間が始まったのである。



 (8)

 約束の一週間が終わって、3、4日過ぎたら、また幸ちゃんからバイトのお誘いのрェあった。今度は4、5日だということである。その時に、前の分のバイト代も全部くれるというので、さっそくOKした。
 汚れた作業服は伯父さんの所に置きっぱなしだから、身ひとつで行けるが、さすがの僕も、あのペンキだらけの服を持ち帰って、洗濯しておけば良かったと後悔した。
 家でダラダラしていたから、また朝早くなると思うと、それだけで気が重くなる。
 で、お袋の許可を得て、またもやおばあちゃんの所へ行く。今度は、借金ではなくお袋から小遣いを貰ったから、おばあちゃんに借りなくて済んだ。

 今回は、三鷹の北口の大きな屋敷。地主さんだそうである。
 朝も早くなく、伯父さんはプロだったけど、僕らはド・シロート。伯父さんがペイントの色の調合している間に、タバコプカプカ。外壁に、脚立にのっかって、ハケとローラーで塗ってると、直ぐにペイントが固まって、シンナーで薄めに行った時にタバコプカプカ。
 屋根にのっかって、トタンとか雨樋にペイント塗ってる時に、伯父さんに隠れてタバコプカプカ。
 僕も、イトおばあちゃんと同じセブンスターを、常習的に吸いはじめていた。このころは、まだ発売されて2年ぐらいしかたっていなかったから、百円だったと思う。いまや三百円。
 ともかく、幸ちゃんと僕は、かなりいいかげんだったのだ。それでも伯父さんは何も言わない。云われた場所をきちんと二度塗りしてあれば、それでOKだったのである。

 4日で塗装が終わり、なんと伯父さんはその日のうちに、現金で百四・五十万円を即金で貰った。
 「今日は、お前らをいい所に連れてってあげるよ」
 僕と幸ちゃんは、なんのことだか分からない。
 それでも、1日八千円でいいな、と言われると、小躍りした。
 『12日間で九万六千円かよ』

 このころの大卒初任給が六・七万くらいだったから、小躍りして当然だった。
 アパートに帰って、銭湯行って、おばあちゃんの所でメシ喰って、いざ出発ということになった。
 車で出かけるから、当然酒飲む所じゃないなと思っていたら、連れていかれたのが高円寺のキャバレー。
 幸ちゃんと僕は顔を見合わせた。
 車を路上に駐車して、うす暗い階段を登っていく。

 「はい、いらっしゃいませ!」
 ボーイさんが深々と頭を下げる。
 「三人さんですね、どうぞこちらへ」

 案内されるがままに、僕と幸ちゃんは、おっかなビックリ。
 「いくらぐらいするんだろう・・・」
 僕は幸ちゃんに小声で囁く。
 「わかんねー。でも親父大金入ったから、気持ちでっかくなって・・・。でも、けっこう持って来てるんだろ」

 僕らが席につくと、ボーイさんがすっ飛んできて、床に両膝をついて、おしぼりをくれる。
 僕はドキドキというより怖かった。いったいこれからどうなるんだろう。

 「はい、御指名の女の子はおりますか?」
 「カワイイ娘三人。ババアはいらない。あとビール。つまみはいらないよ」
 伯父さんは、全てを知り尽くしたかのように、ボーイさんに指示をする。
 まもなく、年のころは24・5か30代前半の女性三人がやってきた。
 やがて、男、女、男とうまく交互に座った。
 僕と幸ちゃんは、棒のように硬直していた。伯父さんは大はしゃぎで、女の人の体を触りまくる。
 「ほらお前らも肩抱いたり、おっぱいさわったりしろ」
 僕と幸ちゃんは、薄暗い店内で顔を見合わせる。とりあえず、伯父さんの言う通り、女の人の肩に手をやる。

 「ねえ、何か飲み物頼んでいい」
 「ビールがあるだろ、ビール飲め」
 他の女の人が、「オードブル頼んでいい」と言うと、「何もつまみはいらない。ビールでいい、ビール持って来い」

 で、結局看板通り、一人二千円ぽっきりだった。
 僕もそんなに目付きのいい方じゃないが、なんと云っても幸ちゃんの存在が大きかったと思う。ガッチリした体格の男がいて、特攻あがりの、うさんくさいオヤジが騒いで。(先方は知る由もないが)
 ボッタクリの店ではなかったが、中年のはしゃぐオヤジと、寡黙の若い男二人がついていたので、逆にヤーさんと間違われたのかもしれない。

 「いい社会勉強になったろう」
 おまけに酒気帯び運転。
 楽しかったんだか、楽しくなかったんだか、僕と幸ちゃんは複雑な気分。伯父さんだけが大満足している。

 酒飲んで大丈夫かな、と思ったが、伯父さんはしらふ同然。いつもの飲む量に比べたら、水みたいなもんなんだろうと妙に納得。
 だけどアパートに帰るまで、一斉取締りに僕はヒヤヒヤ。当の伯父さんは平然。幸ちゃんは寝ていた。

 (この当時は車も少なく、余程の大事件が無い限り、検問なんてなかった)


アリス「遠くで汽笛を聞きながら」







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「青春地獄篇」33

2008/05/28 00:45
 「大変だよ、色々と気を遣わなくちゃいけないし。訴訟にまで発展したら、表の弁護士事務所に頼むけれどもね。うちはなるたけ丸く収めるように努力している。特に宣伝してないけど、人伝に色々な依頼がくるよ」
 「失礼ですけど何人ぐらい、いらっしゃるんですか」
 「おいおい、急にていねいな言葉にならなくていいよ。話をするのは今までそう何度もなかったけど、もう何年もの顔なじみじゃない」
 「それもそうですね」
 隣で恵子が笑う。最初の緊張感が解きほぐされた。
 所長室から先ほどの彼女が現れる。頭を下げたから、室内の改造が終わったということだろう。
 「じゃあ、お待たせしました、どうぞ」
 中島は腰を上げて、私たちを先導する。
 所長室に入ると、なるほどレコードがぎっしり詰まったラックや音楽雑誌の本棚。昔のレア物の車や戦闘機などのプラモデルや真鍮製のオモチャが、同じようにぎっしりと詰まったガラスケースが、壁際に陳列されている。
 「趣味もここまでくるとバカだよね」
 そう言いながら中島は笑う。
 「型通りになってしまうけど、住所・氏名や年齢と依頼内容をなるたけ詳細に書いて下さい」

 まだ空の大きいバインダーがテーブルの横に置かれる。
 たぶん私の依頼は、このバインダーに収まりきれず、何冊ぐらいになるのかと、ふと思った。
 「知り得た秘密は君と恵子さん以外は、絶対に他に漏らさないから安心してくれ。依頼者の情報秘匿が僕らの死活問題なんだ。漏れたりしたら、仕事がこなくなるよ」
 私は知りうる限りの情報を書き込む。もちろん恵子に話したような推測の域を出ない事柄まで書き込む。自分なりに考え抜いた、晴子の一件も、想像でしかないが、と書き加えた。一時間近くかかって、詳細な依頼書を書きあげた。
 「陽子さん、申し訳ないけど、今度はコーヒーを入れてくれる?」
 デスクの上の電話で、先ほどの彼女に彼は頼む。インターフォン機能もついているのだろう。
 「分かりました」との返事が返ってくる。
 「相当複雑なことになってるね、これはちょっとやっかいだぞ」
 書類に目を通す、中島の目は真剣になっている。
 「一つ分からないんだが、太田という人と君の親父さんが軍の特務機関や、たとえば普通の兵隊じゃなくて憲兵だったとしたら、B・C級戦犯で裁かれるはずだよ。日本のGHQは戦後長い間、日本に駐留していたはずだし、たとえば昭和何年になり変わったか、という君の疑問は、実際に広島に行けば分かるはずだが、それと共に戦犯として逮捕されるという事も充分考えられる。そうすれば、いくら君でも、父親が戦犯だったということは自然と分かるはずだよ。それと再婚しているならば、妹さんの養子縁組などの謄本などが残っているはずなんだが」
 「戸籍の復活であらゆる事態が想定できるということですか? 父の再婚も突然で、戸籍謄本なども、全く考えてみたこともなかった・・・・・・」
 「昭和二十六年の九月八日に対日講和条約、日米安全保障条約が調印されて、同じ日に特高警察の関係者三百三十六人が追放解除されている。ついでに言えば八月六日に、鳩山一郎氏ら一万四千人余りが第二次公職追放解除になっているし、旧軍人将校一万一千百八十五人が、八月十六日に追放解除になっている。つまり公民権復活で、選挙にも出られるし、戦犯に対する追求は、ほぼ終わっているということになる」
 「と、すれば、昭和二十六年以降ということですね」
 「君は昭和二十八年の二月二十五日生まれか。歌人の斉藤茂吉さんが亡くなった日に誕生しているのか」

 私は驚いた。中島氏によって現代史の一端が、スラスラと語られることと、博識の広さに驚かされたのだ。
 「昭和二十二年の十二月二十二日に『家』制度が廃止になって、翌二十三年の一月一日に新戸籍法が実施されている。とすれば、昭和二十六年後半か昭和二十七年に役場に届出がなされているということになる。もし『陸軍中野学校』出身とすれば、当時でもごく少数の限られた人間しかその存在を知らなかったわけだし、陸軍でも東部33部隊という名称が使われ、隣にあった憲兵学校の人間すら、その存在を知らなかったほどさ。スパイを養成している訳だから、陛下という言葉にも反応せず、敬礼も厳禁されていたらしい。”敵をあざむくにはまず味方から”ということになるだろう。名前も変え、一般民間人として、場合によっては戸籍も抹消していたとしたら、さしものGHQだって捕らえることは不可能さ」



 実際、中野学校出身の小野田寛郎少尉が、昭和四十九年三月に、戦時中の上官によって、作戦命令解除の儀式がなければ、投降し救助されることはなかった。彼は忠実に帝国陸軍の兵士として、戦後三十年近くも大日本帝国軍人として生きてきたのである。しかし、鈴木氏という若い冒険家が、偶然に現れなければ、運命的な出会いがなければ、小野田氏は死ぬまで、とっくに敗戦をむかえて幻の帝国になった大日本帝国のために、その責務を果たしたであろう。
 『残置謀者』という教育のために、彼はたったひとりになっても、ルバング島で戦い続けていた。
 それが一般軍人と違うところである。

 「小野田さんの例もあるよ」
 私は中島氏の言葉にはっとした。ちょうど私が大学三年の時である。今でもテレビ放送でりりしく敬礼する彼の姿が目にやきついている。
 「まだまだ台湾やフィリピン、その他の旧植民地に残っている元日本兵はいくらでもいるよ。ただし、ほとんどが現地に帰化しているということさ。日本政府はしらんぷりだけどね。戸籍も抹消されている例も、ごまんとある。だから昭和二十六年以前でも、君の考える入れ替わりは可能だと思うよ」

 彼のあまりの凄さに、敬意を払って氏づけで呼ぶことにする。

 「晴子さんはそれを知っていて、何らかの接触を図ってきた太田の写真を見て、生き証人の一人である自分の存在を消してしまおうと思った。そう考えても不自然じゃないですよね。しかし、あの写真を見てもなんの変化も感じられなかった。いつも通りで」
 中島氏は私の言葉に疑問をなげかける。
 「君は正面から見て、彼女の顔なり、何かの変化に気付かなかったのかい」
 「ちょうど弔問客が来ていたから、部屋を出て行く所だった。うしろ向きで・・・。僕は他に気をとられていたから全く分からなかった」
 「それだ!」
 中島氏は自分の膝を叩いた。
 「彼女は平静を装って隠し通した。君の親父さんも、まだその写真を見ていないんだろう」
 中島氏の目が光る。
 「もう、とっくに時効だろうけど、何かとんでもない事が隠されているな」
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「青春地獄篇」32

2008/05/27 01:25
 私は恵子を伴って、新宿のトロイに来ていた。(作者注:トロイの木馬からとって、木馬という実際にあるジャズ喫茶です。作者も何度も通いました)

 中島はカウンターの席にいた。中島は私たちに気付くと、バーボンの入ったグラスを顔の高さにまで上げて、挨拶をよこした。私は軽く頭を下げる。彼は親指を立てて、次にこちらの席に来るように、二度自分の顔の横でサインを送ってきた。
 私たちはカウンターに行った。

 「お久しぶりです」と私が声をかけると、「突然電話かかってきて、調査して欲しいと言ってきた時にはびっくりしたよ。まさか本気で依頼してくるとは思わなかったから」
 中島は恵子に気付く。
 「彼女連れてきたのかい」
 「ええ、僕のフィアンセですから」
 「ほうー」
 中島はまじまじと恵子を見る。恵子は恥ずかしそうに頭を下げる。

 「ここに20万円用意してきました」
 私はジャケットの胸ポケットから封筒を取り出し、カウンターの上に置く。
 ちなみに、昭和40年代後半、50年代初めの高卒初任給は、4,5万程度。自動車の免許も、7万円もあれば教習所に通えて免許が取れた。

 「おいおい、すごい大金だな。まだ何の話も聴いていないのに。おまけに依頼内容も伺っていないし、受けるとも言っていない。それと、他人を簡単に信用していいのか?持ち逃げするかもしれないぞ」
 「いや、先日の鋭い観察眼に、まかせるのならこの人だと、直感で分かりましたから」
 「おいおい、あんまり買い被らないでくれよ。僕はただの助手だよ。うちのボスにも依頼の連絡もしていないし、受けるかどうか話をまず訊いてからじゃなくちゃあ、なんとも言えないよ。それにうちのボスは気難しいし」
 「ボスはあなたじゃないんですか? 名刺には中島一郎と書いてあったけど、ママは中根さんと呼んでいましたよね」
 中島はクククと笑って、「おたくも聞き逃がさないね。けっこう鋭いよ。鋭利な刃物みたいにスパッと切れそうだ。中根は本名だけど、中島でよろしく」
 中島は封筒を手に取ると、胸ポケットにしまった。
 「そうとうやばそうな依頼だな。日本中走り回りそうだ。これだけじゃ足らんかもね」
 「その時はまた用意します」
 「オーケー、じゃあ僕の事務所行こうか、次に僕のリクエストした曲かかるから、それ聴いてからでいいよね」
 「ええ、かまいません」




 事務所はなぜか神田にあった。
 古書籍を扱う店が百軒以上もある。私の母校明治は歩いて2,3分。だがなんの感慨もない。
 昔から神田駿河台下は、小さな書籍店や印刷所がたくさんあった。古書を求めに熱心な読書家や作家、大学の先生、また掘り出し物を探す古物商などが頻繁に出入りしていた。
 (作者注:当時は、与謝野晶子の明星や、宮本武蔵直筆の絵などが無造作に並べられていた。あまりに高いので作者には購入することができなかった。今では、数百万の値打ちがあり、わずか1,2万円で購入できたのである。後悔この上ない)
 しかし時代の趨勢は、街をどんどんと別の顔に変えていく。
 明治大学の裏にある近くの金華小学校には、一時期夏目漱石が教壇に立っていたという話が残っている。真偽のほどは定かではない。漱石自身も利用したかもしれない。それほど古くから書籍は流通していた。
 その駿河台下の、裏通りの、印刷所の古い雑居ビルが立ち並ぶ一角に、事務所はあった。

 「ま、入ってよ」
 古いモルタル塗りの建物に、”中島興信所”と書かれた看板が貼られてある。事務所はこのビルの二階にあった。階段を上がって、開けてもらったドアから、恵子と二人で中に入る。中は普通の事務所。何か特別のものを想像していたが、中では3,4人の男女が忙しく働いていた。
 電話がひっきりなしにかかってきて、興信所という職業は、けっこう儲かるものなのだろうか。

 「所長、おはようございます」と、役所にあるような、長いカウンターの向こうから、若い女性事務員が挨拶する。
 「陽子さんお客様だ、応接室あいてる?」
 「今、高田さんがお客様の応対で使っています。所長室じゃ、まずいですか」
 彼女はさっと立ち上がって、私と恵子に挨拶する。そして、手慣れたように奥の、古い木枠で挟み込まれたガラス窓の左手にある所長室に向かった。
 「ま、ちょっと、ここのソファーにでも腰掛けてよ。なにしろダメ所長だから、自分の部屋もちらかり放題なんだ。彼女がいま、お客さんを入れられるような、部屋に改造してくれているから、少し待ってくれ」
 「片付けじゃなくて改造ですか」
 中島はクククと笑う。
 「なにしろ、書類以外に、レコードや音楽雑誌やおもちゃが散乱していて、とても人にお見せする状態にないんだ」
 中島は煙草を取り出して口にくわえる。そして自分もソファーに腰を下ろす。
 「君もやったら」
 私は、「じゃあ一服」と言って、ソファーの前に置かれてある脚の長い灰皿を手前に引く。
 中にはキレイな水が入れられている。
 古いが、室内は明るく、きれいだ。
 所長よりも職員の方が、どうやら有能のようだ。
 そこへ、初老の男性が私たちに挨拶しながら、中島の所へ行き耳うちする。
 「うん分かった。じゃあ徳さんにまかせるよ。浮気がバレちゃったら、旦那さんも観念するしかないだろう。なるたけ穏便に、離婚なんてことにならないように、旦那に一筆書かせて、夫婦で海外旅行にでも行かせるようにすれば、少しは気分も変わるだろう。それで高価なバッグや指輪でも買ってあげれば、奥さんは今回は許すと思うよ」
 「じゃあ、そういう方向で」
 「お願いします」
 中島は簡単に指示をした。職員を完全に信頼しきっている。
 「忙しそうですね」
 私は一連のやりとりに、やはり来てよかったと思った。

 所員は何人いるか分からないが、中の雰囲気が明るい。職員同士、互いに気を遣い、電話の取次ぎの時も、さんづけでやりとりしている。
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「青春地獄篇」31

2008/05/24 07:11

 私たちは下北沢の駅で待ち合わせていた。朝の10時ということで、人も少なく、お互いにすぐに見つけられた。
 「学校休ませて悪かったね」
 私は美大生という少し特殊な、創造力という、学ぶだけでなく、個性の発露を探求する芸術に、未来を賭けている恵子の大切な時期と時間を奪ってしまうことに、心から申し訳なく思っていた。
 「いいのよ。学校は休学してもいいし、別に退学してもかまわないと思っているの」
 「そこまで考えなくていいよ。君の、志している道だろう」
 「芸術って奥深いしね。だんだん自分の限界も分かってきたし。それよりも大切な何かが、いま私の目の前で生まれようとしている」
 「辞めてしまうのかい?本気でそう思っているの」
 「妹欲しかったし、もっと欲しい人が目の前にいるの」
 「ふーん、そんな奇特な人が世の中にはいるんだ」

 最近、あの甘えん坊の性格から、人が変わったように、人の心の痛みとか苦しみを理解できるようになり、なおかつ包容力まで身につけてきた恵子。人が成長するということは、自らが経験を積まなければ分からない。

 「いるよ。最近急にわたしを頼りにしだした人。許可もしないのに勝手にキスしちゃう人。抱き付いてきて、オイオイ泣いちゃう人」
 そう言って恵子は私の太ももを抓った。
 「いたたた」
 本気でやるから、私はおもわず飛び上がった。
 電車がやってきた。私は周りを見る。少し恥ずかしい光景に思えた。周りに人はいない。
 「ふざけっこしている時じゃないだろ」
 私は抓られた場所をさする。
 「おまけ」
 屈んでいる私の頬に恵子はキスをした。
 「とぼけている人間がひとりいたから、おしおきしてあげた」
 まるで他人事のように言う。
 「ふうー」と私は溜息をつく。
 「なあに、それは」
 又やられそうだったので、私は本当のことを言う。余り神妙な顔つきだったせいか、恵子はクククと笑う。
 扉が開き、ふたりは電車に乗った。


 「僕が、僕でなかったら、恵ちゃんはどう思う?」
 「それってどういう意味? まるでナゾナゾみたいね」
 「簡単に言うと、とっくに亡くなっている人に、ある人物がその人に成り済ますって事」
 「えーっ、そんな事可能なの?」
 「例えば、これは例えばの話だよ。太平洋戦争で、日本は大空襲にみまわれたり、原爆落とされたりしたよね。それが、日常空襲にさらされている人々と、ほとんどそういった経験のない人たちがいたとしたら、油断をするのはどちらの方」
 「経験のない、っていうか少ない人たち」
 「そうだよね。で、疎開しないで、家族や親戚といった一族が、同じ町とか近くにいて、全滅しちゃったら」
 「誰も残らないってこと?」
 「そう、仮に他人がそのことを知って、一人だけ生存していましたって、役場にあとで届けに行ったら?」
 「その全滅した家族、親類の唯一の生き残りということで、役所はその人の言葉を信用して、何らかの便宜をはかってあげるわね」
 「隣近所のおじちゃんも、おばちゃんも、また昔の友達や同級生、先生までもが死んでしまって、誰ひとり、その人間のことを知らないとしたら?」
 恵子は考え続ける。
 「ましてその人が軍の特務機関の人で、つまり今でいうスパイ活動をする人で、名前もかえ、日常生活も何もかもが秘密の人で、戸籍さえ抹消していて、原爆で一瞬にして蒸発してしまったとしたら?」
 「考えると怖いことだわ」
 「そう、生き証人がひとりもいなければ、戦争という異常な状況に置かれていたら、誰だって他人に成り済ますことができるよ」

 恵子はなんだか軽い目眩がした。
 「それって誰のことなの」
 「まだ言えないんだ。確証がつかめていないし。だから中島さんに頼むんだ」

 恵子にはうすうす感じるものがあった。
 広島といえば和美の父の古里である。でもどうしてそんなことをする必要があるのだろう。

 私は余りにも詳細に恵子に語ってしまって後悔していた。父が広島の出身だということを恵子は以前から知っている。父が何者であろうがどうでも良かった。私には晴子の自殺の真相が知りたいだけなのだ。しかし絡まりあった糸をほぐすのは容易なことではない。
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「青春の道標」27

2008/05/24 01:50
 孝子は俯いたまま、溜息を漏らす。言葉が何も出てこない。良子の暴露は、はっきりと自分が林太郎に対して好意以上のもの、熱い恋愛感情を抱いていることを覚醒させた。
 自分も良子のように背負われてみたい。腕を組んで歩きたい。そして出来れば頬か額にキスをしてもらいたい。

 まるでフランス映画のワンシーンのような、ソフトーンのかかった情景を連想する。

 「孝子さん」
 母の何度かの呼びかけに、孝子はフッと我にかえる。
 「岡本さんのお姉様、お帰りになるそうだから、お見送りされたら」
 「あっ、ええ。もうお帰りになられるのですか」
 「はい。まだ用事があるものですから、今日はこれで失礼させていただきます。また改めて、弟とご挨拶に伺いますので」
 良子はまた丁寧に挨拶すると、孝子の方をにこやかな笑顔で見詰める。孝子は再び、心臓が破裂しそうなほど緊張する。
 「ねえ、林太郎さんは?また勉強教えてって言って」
 
 宏は、その場の雰囲気を和ませるのに、うってつけだった。
 「宏さんのお勉強は、野球のキャッチボールなのよね」
 宏はテレ笑いを浮かべる。
 母親はすべてお見通しだった。
 まず、良子がクスクス笑いだす。つられて孝子も笑いだした。
 「じゃあお母様、良子さんを途中まで、お送りしてきます」
 「お邪魔致しました。先生によろしくお伝え下さい」

 木戸を潜ると、サエがさきほどの孝子の粗相のついでにか、雑巾で医院の北側の窓を拭いている。
 「サエさん、お邪魔しました。また改めてお伺い致します」
 「いつでもいらして下さいな。宏坊っちゃんも、孝子お嬢様も、良子さんのファンになられたご様子。林太郎さん以来ですわ二人の喜びよう」
 サエは孝子の方を笑顔でチラリと見る。
 「良子さんを途中までお送りしてきます」
 孝子はサエの方を見ずに、先に表通りに出た。
 「失礼致します」
 良子はサエに頭を下げて、孝子に続いて表に出た。
 「駅までご一緒させていただいて、いいですか?」
 良子はクスっと笑って、「電車に乗ること、よくお分かりになりましたね」
 「都内地図、バッグから拝見しました。それで・・・」
 「しっかり見てらっしゃるのね」

 二人は商店街の坂道を下りはじめる。
 「あの、腕組んでよろしいですか?」

 孝子は、良子にむしょうに甘えたくなっていた。林太郎の姉だからではない。自分の抱えている様々な悩みごとを、素直に打ち明けられそうな気がした。実の妹のように接してもらいたい。血は繋がっていなくとも、本当に心から信頼できる相手に初めて会えた。この機会を逃がしたら、二度と自分の本当の心を理解してくれる相手が出てこないような気がした。
 「どうぞ」
 良子は腕を差し出す。
 孝子は良子の左腕を取って、肩に頭を付けた。
 良子は、身長は165センチあった。女性としては背の高い方だろう。ひきかえ、孝子は153センチ。普通の日本人女性の平均的身長である。

 「ごめんなさい。たまたまお二人をお見かけして、後をつけました」
 「弟のこと、好きなのね」
 「はい。でも、お姉様のことがもっと好き。長女に生まれてきて、何でも自由にさせてもらえるのだけれど、苦しいこと色々あっても、本当に話せる人がいません」
 「私も長女よ。父が7年前、東京に出稼ぎに来て、帰省した年に心不全。だから私が家庭の大黒柱になるしかなかったの」
 「亡くなられたんですね・・・・・・」


 夏の日差しは、容赦なく二人に降り注ぐ。
 この日は特に暑く、35度は越えていただろう。初夏から真夏へ、歩く二人の影は短い。頭上の太陽とアスファルトの照り返し。そして車の排気ガス。夏の東京は、良子にとって苦手だった。
 そのうち、孝子は片方の手で良子の手を握り、もう片方の手で、良子の腕をしっかり掴んでいた。
 良子は、孝子が林太郎のお嫁さんになる姿を想像してみる。二人が縁あって結婚するようなことがあったら、間違いなく北海道に連れていくだろう。それを土田家の人々が許してくれるのか。

 良子はまたひとつ、荷物を背負ったような気がした。

 「なんでも言ってきてね。まだ三週間以上こちらにいますから。ふふ、なんだか孝子さんが本当の妹のように思えてくるわ」
 「やっぱり、帰らなくちゃいけないんですよね。お母様があちらにいらっしゃるし、お仕事も・・・」

 国立駅に着く。
 孝子は、なかなか握った手を離そうとしない。
 「なんだったら、明日にでも下宿にいらっしゃる? 日曜日なら学校もお休みでしょう?」
 「よろしいんですか」
 孝子は瞳を輝かせる。
 「もちろんよ、ただし暑いわよ。扇風機しかないから。それと弟も喜ぶだろうし」
 「お姉様、きっと明日お伺いします」
 孝子はやっと手を離した。
 「じゃあ、お待ちしています」
 良子は切符を買って、改札口を通り抜ける。そして、一旦振り返って一礼した。

 孝子は名残惜しそうに、良子の姿が見えなくなっても、暫く改札口に佇んでいた。
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駄目じゃー。うまくいかない。

2008/05/23 23:40
シナリオ方式で、「ある訪問者」を書いてみたけど、文章がちぎれてしまう。

何度やってもだめ。

ピッタリーは使いたくない。

まったく、機能が充実していないな、相変わらずじゃー。

biglobeさん、なんとかしてよ・・・。(@_@;)
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「ある訪問者」2

2008/05/23 23:22
五右衛門
       「そりゃーわかっちゃいるんだが。最近はしけた仕事ばかりだからさ」

       「どうせまともに、お天とう様の下、歩けねえんだから、喰えるだけましだろう」

 弾を装填し終わった竜は、照準を街灯に合わせる。


       「よし行くか」

 竜は胸のホルスターにワルサーPPKをおさめて、口に銜えていた楊枝をプッと吹き出す。

 今回は麻薬の取引にからむトラブルだった。
 依頼者は日本人のチンピラ。
 相手は北朝鮮系の、一応政府関係の、下っ端の人間だ。


       「で、いくらだって?」

 今にも目が塞がりそうな、眠た気な瞼で五右衛門を見る。
 五右衛門は右手の平を見せる。


       「500万か?」

五右衛門
       「50万だよ」

       「けっ! いまや人の命の値段が50万とはね。フイリピンの臓器売買だって、前はその20倍以上はし       たぜ」

 竜は、ビルの階段の手摺りからしたたり落ちた水滴が、首に落ちたのか、さもうっとうしそうに上を見上げる。
 ぼさぼさ頭に、ぶしょう髭。
 2人は歌舞伎町からタクシーをつかまえて、靖国通りをユーターンさせて、都庁に降り立つ。
 タクシーの運転手も、ワンメーターの客に仏頂面だ。
 千円渡して釣りはいいというと、運ちゃんの顔も少しほころんだ。

五右衛門
       「梅ちゃん、むくれているかな」


       「30分は遅れているからな」


シーンA

 都庁の横に黒塗りのベンツが停まっていた。
 やがて二人に気付くと、テールランプを点け、ゆるゆると動き出す。
 そして二人の前に止まる。


       「遅いわよ二人とも」

       「すまんな、ちょっと一杯ひっかけていた」

 もの凄い美人である。
 左ハンドルだから、パワーウインドーを開くと、暗闇でも彼女の輝きが分かる。


       「室内灯は点けないわよ。中で早く着替えてね」

 二人は、およそ似つかわしくない、AMG(アーマーゲー)のリムジンベンツに乗り込んだ。

 竜の本職は医者である。いや、表の顔と言っていいだろう。
 五右衛門と梅は、うすうす竜の本職を知っていたが、決して口に出さない。
 互いの、プライベートな事には、決して干渉し合わないのがルールだ。

 人を助けるのが商売の医者が、裏では人の命を奪うのである。
 これほど矛盾したことはない。

 三人は7年ほど前から、あるシンジケートを通じて知り合った。
 そこで一つの仕事をかたづけて、なぜか気が合って、今では仲間になっている。
 三人はそれぞれ別の顔を持っているが、表の顔は知らないし、住居さえしらないのだ。
 名前さえ偽名である。

 連絡はNTTの伝言ダイヤルで、三人しか分からない暗号を使っている。
 暗号表は1ヶ月ごとに変わる。

五右衛門
       「へーっ。今日はチャイナ服か。一度お相手してもらいたいもんだ」

 シガレットに火をつけながら、五右衛門をキッと睨む。
       「馬鹿なこと言ってんじゃないの。本当にスケベなんだから・・・」

       「本降りになりそうだな。こんな日は気乗りがしない」

       「また竜さんの気まぐれが始まった。あたしらは、仕事を選ぶ権利はないのよ。忠実に仕事をやり遂げな       いと、消されてしまうの私たちなのよ」

       「理解している」

 分かっているとは言わない。カツラをとり、無精髭を電気カミソリで完全に剃る。
 服も完全オーダーメイドのタキシード。

 車は首都高に乗った。
 行き先は横浜の山下公園。
五右衛門
       「まるで別人だな」

       「まるで、ジェームス・ボンドね」

       「俺は、MI6など知らんよ」

       「馬鹿ね、映画の中の話じゃない。殺しのライセンスなんて、荒唐無稽の話よ。現実に、もう何人のワル       を消したと思っているの?」
五右衛門
       「武器だって1回こっきり。足がつくこともなし。俺が完全に処分しちまうからな」

       「精度の高い武器を、毎回よく調達できるもんだ。おたくの顔の広さが、逆に裏目にでなけりゃいいけど」

 竜はニタリと笑う。
 高速道路の水銀灯に照らされて、今日初めて笑うニヒルな笑みが、二人の目に映る。
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「青春の道標」26

2008/05/06 01:39
 「はい!今いくから。岡本さんのお姉さん、帰らないように引き止めておいて!」
 「うん、わかった」
 大声でやはり叫んで、またバタバタと階段を降りていく。
 『やったー』と、はしたないと思ったけれど、孝子はガッツポーズ。急いで鏡の前に座って髪と口紅と、服のチェック。
 女性相手に何してるんだろうと思うけれど、好印象を持たれたかった、というのが本音。先程は、あわてふためくように二階に来てしまったから、誤解をとくような言い訳も少し考えねばならない。
 深呼吸をして孝子は階段を降りた。   (作者注:この時代には、本家のガッツ石松さんは、まだ無名です)
 孝子は居間に入る廊下の所で、良子と目が合う。孝子はそのまま正座して、「いらっしゃいませ。先程は大変失礼致しました」と頭を下げる。良子も慌てて座り直して、同じように正座して「弟が大変お世話になりました。孝子さんには花瓶の花を毎日替えていただいたとの事。奥様に伺って初めて知りました。弟は何も言わないものですから、色々と気を遣っていただいて、ありがとうございます」
 実質的には、ほとんどサエである。旅行帰りの孝子は退院の日の1日だけ。
 「孝子さん中に入られたら」
 孝子の母美智子が声を掛けなければ、二人共そのまま頭を下げたままだろう。日本人ならではの、独特な風習。いい意味での、日本人の心に美徳としてまだ残されている慣習である。

 「この方が岡本さんのお姉様で良子さん、そしてこちらはうちの長女の孝子です。普段はおっとりしているんですけど、少しそそっかしい所があるんですのよ」
 「お母様ったら・・・」
 孝子は耳まで赤くなる。
 先程のうろたえ方を、まるで見透かしているかのように、美智子は良子に伝える。
 「良子さんて、素晴らしいのよ。北海道の札幌にある、損害保険会社の支店の課長代理をなさっていらっしゃるんですって。ほら、名刺をいただいたのよ。素晴らしいわね」

 まだまだ、女性の地位が低かった時代である。今も本質的には、なんら変わる所はないが、管理職になるには相当の偏見があった。

 「先日、林太郎さんとお会いしました。お元気になられて、本当に良かったですね」
 「ありがとうございます。でも・・・」
 良子はうふふと笑って。
 「夜は早くお帰りになって下さいね。あの付近は痴漢が出るそうですから。暗がりに若い女の子がいるには、危険すぎるわ」
 孝子は湯飲をひっくり返してしまった。
 「あらあら、お嬢様らしくもない」
 サエは大急ぎで布巾で拭くが、すぐに滴り落ちるほどになって、宏が雑巾を取りに走る。
 「御免なさい、お茶、かかりませんでしたか」
 美智子も慌てて、そばにあったタオルで良子の服を気にする。
 「あ、大丈夫ですから」
 孝子は、罰が悪いのと、胸のドキドキで、身動きがとれなくなってしまった。
 「ね、少しどころじゃなくて、だいぶそそっかしいでしょう」
 母の言葉に、消せるものなら自分の身を、この場で消してしまいたいほど、恥ずかしかった。
 「うちの娘と、どこかでお逢いしたことがあるんですの?」
 美智子は不思議そうな顔をする。
 「あ、いいえ。うちの弟が、孝子さんと良く似た人がいるよ、って教えてくれたものですから。その時、私は開放感から外でお酒を飲み過ぎまして、歩けなくなるほど酔って、弟に背負われて帰宅したんです。だからお顔は、ほんの少ししか拝見しなかったものですから、もしそうだったらと思いまして」
 「孝子さん、記憶にあるの?」
 美智子はなおも追い打ちをかける。
 「い、いいえ。いつもまっすぐ帰って来ます。遠回りでも、表通りから、明るい道を通ってきます」

 孝子は、良子の話は嘘だと見抜いた。そして改めて、孝子はなんて勘の鋭い女性だと驚かされる。それと共に、わざわざ明るい道とことわれば、白状したようなものだ。

 『あんな状況で、私のことをみつけ出せるなんて』

 「弟は、孝子さん宛ての手紙を、封筒に入れたまま、10通以上も溜め込んでいるんですよ。1通だけ、封がしてなかったから、黙って読んじゃいました。他の封筒は切手を貼るだけなのに」
 「まあ、そうですの」
 それがどういう事なのか、母の美智子はすぐに分かったらしい。
 良子は内容を一切明かさない。弟といえども、一人の人間としてプライバシーを尊重してのことだろう。
 孝子はうれしい反面、本当に全身から火が出るほど恥ずかしかった。
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「青春の道標」25

2008/04/08 07:32
 林太郎の下宿から、青々とした芝の畑と、おそらく私道と思われる砂利道を五十bほど行くと、高圧線の鉄塔を左に曲がって、表通りに出た。表通りに出れば、二十bほど坂を上がれば商店街の一角に土田医院はあった。
 住所は国分寺市である。
 冬と夏では周りの印象が違って見える。医院の入口には花壇があって、色とりどりの花が咲き誇っている。良子は医院の正面からでなく、裏手に回った。
 裏手は住居になっている。したたり落ちる汗をハンカチで拭いながら、木戸をくぐり、玄関に向かった。
 良子はスーッと深呼吸をして、チャイムを鳴らす。ほどなく、若い女性の声がして引き違いの扉が開いた。ガラガラという扉の音と共に、「どちら様ですか」という声がして、孝子が顔を覗かせた。
 「あ、こんにちは」
 良子は笑みを浮かべる。
 孝子はびっくりして、手に持っていたフランス語の本を土間に落としてしまった。よもや、きのう自分が二人のあとを追いかけて、真相を探ろうとした、あの女性が現れるとは、想像もしていなかった。
 「なんの御用でしょうか」
 孝子はそれだけ言うのが精一杯。自分でも分からなかったが、カタカタと体が震える。続いて、お手伝いのサエが姿を現す。

 「あらー、おめずらしいかた」
 「その節は、お世話になりました」
 「どうぞ、お上がりになって下さい。旦那様は回診中で、おられませんが、奥様はいらっしゃいますので」
 「こちらの方は?」
 孝子は親しげに会話を交わすサエに、小声で耳打ちする。
 「暮れにお風邪で入院された、岡本さんのお姉さまでいらっしゃるのよ」
 サエは、玄関の履物を揃え本を拾う。
 孝子自身は、暮れから二週間ほど弟の宏とハワイに遊びに行っており、良子と林太郎の母とは面識が全くなかった。
 「岡本さんの、お姉さまだったんですね」
 孝子は顔を真っ赤にさせて、本を残したまま、慌てて自室に篭もってしまった。
 胸がドキドキする。
 早とちりもいいとこで、少し下品な例え方かもしれないが、”穴があったら入りたい”という、とんでもない失敗をしでかした男性が時々使う言葉の意味を、まさに実感した。
 なれるなら、モグラや梟のように、木の穴や土の中で太陽に背を向けて、ひっそりと暗闇の中で、陽のあたる明るい表の世界から逃れて、一時だけでも隠れたい思いだった。
 誤解していたのは自分一人だけで、誰にもそのことは言っていなかったから、悟られることはないのだけれど、あの時の自分の行動はいったいなんだったのかと思う。
 二階の自室に篭もった孝子の耳に、下からは、岡本さんのお姉さまと母たちの談笑する和やかな声が聞こえた。孝子は自分で部屋に篭もったのだけれど、どうしてサエさんや母は私を呼んでくれないのかと、逆に切望する自分がいる。
 とても目が綺麗で、優しそうで、自分の姉だったらどんなにいいかと、一瞬で良子を好きになってしまった。挨拶してくれた、たったひとことに、本当に深い優しさが込められているのを、孝子は一瞬で見抜いたのである。

 彼女に他意はないだろう。弟を救ってあげた父と、家事の合間に面倒をみていたサエさんに、心から謝礼に来たのだ。自分の出る幕はないと分かっているが、お姉さんとお話をしたいというのが素直な気持ちである。
 そのうち、弟の宏が帰ってきた。まだ小学五年生である。良子と同じく、歳が離れた弟だが、林太郎と同じように、体調が悪い時は、自分を背負って介抱してくれるのかなと不安になる。まだ子供だから、そんな事を望むこと自体がおかしいのだが、孝子には理想の姉弟に見えた。

 そのうち階段をバタバタと上がってくる音がした。宏に決まっている。宏も家での約束ごと。部屋の戸をちゃんと叩く。
 「お姉ちゃん、林太郎さんのお姉さんが、おみやげ買ってきてくれたよ。下に降りてきたら。お母さんが呼んでおいでって」
 ドアの外で大きな声で喋る。
 やっぱり子供だなと、孝子はクスリと笑う。
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「青春地獄篇」30

2008/04/08 05:11
 恵子の言う通りだった。
 はっきり述べて、私自身こんな複雑な家庭に生まれ育っていたとは、全く予想だにしていなかった。
 ごく平凡な家庭であった筈が、ある時を境に、裏に隠されていた真実が、白日のもとにさらけだされる。単純な、ごくありふれた、それまでの一般家庭にありがちな親子の反目が、ただの家庭ごっこに過ぎなかったと気付かされた時、それまで自分がとってきた行動や考え方が、すべて無意味なものとして、崩壊してしまった。

 柴田の家庭の歴史は、事実としてそのまま残る。自分の誕生からこんにちまでの成長過程を記録した写真も、紛れもなく事実として残る。そこに写り込んだ、父や母や晴子。日常生活や旅行など、屈託のない笑顔も、まちがいなく本物である。
 しかし、真実を知らなかった私、以外の人々は、その笑顔の裏に、塗炭の苦しみを抱えていたのだ。
 生母、文子が倒れた時、真理子から教えられた真実。あの時から運命の歯車は、否応なく回り始め、柴田の家は、嫌でもその存在すら消滅していくのである。紛れもなく家庭や家族があって、事実として存在していたものが、法によってなかったものとされる。そんな馬鹿げたことが、これから私と恵子と真理子の手によって実行されていくとは、この時点では、誰も想像さえできなかった。

 結局、私と恵子は、真理子の側を、片時も離れることができず、病院での朝をむかえてしまった。
 恵子は真理子に添え寝して、そのまま眠り込んでしまった。
 私は、そんな二人を眺めながら、様々な事を思いめぐらせ、そしてある結論に達した。



 私は今まで、戸籍謄本というものを見たことがない。
 必要があって、住民票の一部、もしくは全部を地元の市役所に取りに行くが、謄本となると広島にまで行かねばならない。
 父が広島の出身というだけで、親戚関係とのお付き合いは殆どなかった。その親戚の有無さえも余りしらなかったし、数枚の年賀状での挨拶程度で、三、四人から来るだけだった。
 また、父は戦災で焼けたと言っているが、どの家庭にも、古い家族写真が、散逸してでも、どこかに何枚かは残っているものだが、昭和二十二年以前の写真は一枚も残っていなかった。だから、若きころの父の写真は、とても珍しかった。貴重でさえ、なかっただろうか。
 どの家でも、出征した本人や親兄弟も昔のことを余り語りたがらない、という事を私は知っていた。大学時代の友人の家に遊びに行っても、彼の父親はどこどこに連れていかれてこういう面白い出来事があったとかしか言わず、戦争というものの核心については、決して語ることはなかった。明らかに侵略戦争であったが為に、占領地での忌まわしい行為や出来事は、頭から離れることはなかったと思うし、それが故に語りたがらなかったと思う。
 そういった為か、中学や高校で学んだ近代史や現代史の戦争、特に体験などを両親に尋ねることはなかった。祖父や祖母の話も、こういいう人だった、で終わりで、私も根堀り葉堀り訊くようなことはなかった。

 それを、これからあの新宿のジャズ喫茶、トロイの常連客であり、興信所のプロの調査員である、中根(いや、彼はあくまで中島であろう)さんに依頼してみようという気になったのである。多分、相当なお金が、かかるかもしれない。
 取り敢えず私は二十万円ほど用意して、彼のくれた名刺の電話番号に、рオ、待ち合わせ日と時間を決めた。場所はトロイしかない。一時間ほどジャズを聴いて、他の静かで落ち着ける場所で、本題に入るという約束を取り付けた。




 謀略の章


 一

 季節は春に移り変わっていた。
 真理子は少しずつ、自分を取り戻しつつあり、退院の日も間近に迫っていた。
 このころのコピーの機械は全くおそまつだった。
 写真屋に依頼して、例の若きころの父の写真と、ふたりの母の同じく若いころの写真数枚を複写し、持参していた。委任状も用意してあった。
 太田昌範のよこした写真等は、さりげなく父の書斎の机の上に、郵便物と混ぜて置いといた。
 こんなことを始めてどうなるものでもない、と私自身は承知していたが、私は唯一残された疑念、なぜ晴子が自殺しなければならなかったのか ― の一点だけである。この疑念を晴らさない限り、私に安息の日々は訪れないと信じていた。
 広島から上京の父と、福島から上京の晴子との接点は、東京のとある家政婦紹介所のみである。その家政婦紹介所もとっくになくなっていた。そのころの資料など存在するわけもなかった。しかし、晴子の発した言葉を思い起こせていたなら、接点はすでに戦時中からあったということに気付けていた筈である。

 晴子の遺書のコピーも持参した。
 家政婦としての領域を越えてまでも、文子のわずかな体調の変化に気付いていながら、適切なアドバイスをしなかった為に死なせてしまった、という後悔の念が綴られた遺書であった。その内容は本当のことであろう。だが、私にはそればかりでなく、何か別の、自分がこの世に存在していてはまずいこと、隠された何かを知る生き証人として、やがて自分の口から、隠しきれずに告白してしまうことを恐れたゆえの決断だったのではないかという、私の勘であった。

 今回は恵子も同伴させた。
 余りの辛さに、自分ひとりでは心細いからという訳ではない。単純な事件とは、とても思えなかった。何か裏があるとして、自分の想像を越えた、何かとんでもないことが秘められているのではないか?
 依頼者として中島さんに迷惑をかける訳にはいかなかった。自分だけの判断だけでなく、客観的にものごとを聞いてもらえて、冷静にアドバイスしてもらえる人間。それはもう、柴田家と深く係わってしまった恵子しかいなかった。
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